『リズと青い鳥』メモ

2回見た。まるで分からない。明日もう1度見ます。ので、読み解き用のとっかかりとして備忘録を書きます。

 

原作読んでないので原作で説明されている部分があれば教えてください。

 

傘木希美は童貞

物理的/心理的接触を避ける

感情の揺らぎ(主に怯え)が足に出る、足でしゃべる人間
⇒鎧塚の髪をいじる仕草と対応している

自己完結しがち(鎧塚より思い込みがひどい)

⇒実際大好きのハグで最終的に鎧塚に抱きつかれてようやく手を回すの童貞ムーブ以外の何物でもなくないですか???形而上学的童貞

 

disjoint→joint

青い点→羽ばたく青い鳥

赤い点→青い鳥の大群を見上げるリズ、カメラが俯瞰になり広がるリズのスカートが赤い点となる

→重なり合った色の淡いとは?

⇒浸食、あるいは出血

 

冒頭の絵本の世界は?

→劇中の「リズと青い鳥」は、主に鎧塚の解釈によるもの
→傘木が絵本を見せるまで鎧塚はこの物語を知らなかった、では冒頭のリズと青い鳥は誰の解釈なのか?

→→話としては「森の中で動物たちにパンを分け与えるリズ、全員には配れず「もうないの」と言うリズとくいっぱぐれた動物、その奥、切り株に青い鳥が留まっている。「綺麗」嘆息するリズのもとに青い鳥がふいに飛んでくる。彼女の手に留まり、またすぐに飛び去る

 

朝早く、鎧塚が傘木を待つ場面

"先に学校に着いている"のは鎧塚
希の足音にピアノが重なる、軽快さ
「羽」の贈与

背景で鳥が2羽、木の陰に飛び込むように現れる

その後も全編を通して挿入され続ける鳥の飛翔→どう解釈???

鍵を開けるのを待つ傘木、鍵を開けるのは鎧塚

扉を開けると、すっと横から傘木が先に入りこむ

みぞれと希美の会話はかみ合っていない、向き合っていない、独白である

⇒(要検証)最初から最後まで、みぞれと希美の言葉が過不足なくキャッチボールされたシーンはないのではないか?

 

リズと青い鳥問題

傘木は「私たちみたい」と言う

⇒この時点で傘木も鎧塚も「リズ=鎧塚 / 青い鳥=傘木」と解釈している

⇒⇒「また会いにくればいい」「ハッピーエンドがいい」と言ったのは"青い鳥=傘木"の状態での発言であることに留意する必要がある

 

傘木と鎧塚の「リズと青い鳥」はそれぞれ違うはず

⇒傘木は絵本でだけリズと青い鳥の物語を知っている、鎧塚は途中から岩波文庫リズと青い鳥を読み始めている、拠るテキストが違えば解釈は変わっていく(はず)

⇒テキストが違うのは間違いなく意図がある

⇒⇒リズと青い鳥の答え合わせをしたわけではなく、それぞれ勝手に解釈をつけただけ、それが重なりあっただけ、につながるのでは?


正直、冒頭でパンを動物に与えるリズのカットがあるので、パートメンバーに囲まれて談笑する傘木がリズであることは自明であり、新山の指摘で鎧塚が「自らが青い鳥である」と自覚するシーンの驚きがない

⇒とそこで終わってしまえばそれまでだけれど、そもそも「どちらがリズでどちらが青い鳥」というあてはめそのものが錯誤ではないかと思っている

⇒⇒学校が「鳥籠」として描かれているのであれば、かごの中にいるのはすべからく鳥である。鎧塚が青い鳥であるならば、傘木は赤い鳥であるはず
⇒⇒⇒「横に並べない」「対等でない」という考えそのもの、2人の認識が誤謬を足場に立脚していることを示唆していないか???

⇒⇒⇒横に並べない問題

傘木⇒鎧塚と演奏で並べない

鎧塚⇒傘木と感情の大きさが釣り合わない

 

⇒果たして本当にそうか???

 

味がついておいしいたまご

⇒知らん

⇒青い羽根と対応している

 

フグ

⇒鎧塚みぞれの人間性の発露 // メタファーとしてのフグってなんだろう?

⇒⇒モブの会話で「フグみたいでかわいい」の解釈問題がある、フグもまた多義性を孕んでいる

 

 

今回の映画は橋がない(たまこラブストーリーは架橋の物語であった)

校舎が別⇒橋が架橋されていない

傘木希美は鎧塚の領域(練習場所であったり生物講義室であったり)に自発的に踏み込んでこない

 

山田尚子

山田尚子はどう考えても俺

対話シーンに顕著なのだけれど、人間を画面の端に配置して、背後に巨大な空間=語られない、隠された感情や考えみたいな演出っぽい気がする

 

根本的に演出がホラー

なんで最後ピアノ跳ねさせて不吉な音色にしたの???

 

明日また見ます。