想像力のJAXA

前略 空前のブログブーム

 

仕事がつらい。ノルマが数字で提示されてそれを追いかけるという仕事は生まれてはじめてで、しかも達成不可能な数字(に思われる)を求めて毎週ノルマ未達を指摘される、これがどこまでも続く。

やまない雨はなく、明けない梅雨はなく、事実関東地方の梅雨は明けた。甲子園とともに夏は終わるし、今年は残り半分もなくて、12月、そして2018年。ほどなく28歳になる。

毎週の叱責は、実は永続スキルではなく単発の攻撃魔法でしかなく、一発食らったらポーション飲んで回復の繰り返しで乗り切れる。最終的にヒットポイントが0になったとしても、職を失うだけで、死にはしない。介護という手に職がついているので食い扶持には困らない。けれど、それはそれとしてノルマは達成しない。する見込みもない。ひたすらに苦しい。

こういった状態は、アラサーの生活マンガでよくある「落とす」パートであって、読者からしたら「ああ、ここで下げておくんだね」と了解する場面でしかない。物語のキーとなる絶望や慟哭が描かれるわけではない。息苦しさ、世知辛さ、ままならなさ。共感を得るためのあるあるネタとも言える。そういう視点が決してはないけれど、ストレスがかかると即座に視野狭窄に陥り、まるで自分が途方もない淵に突き落とされた気分で、逃げ出したくて仕方がなくなる。腸に慢性の炎症がある。

想像力とは、5秒に1人アフリカの子供たちの尊い命の火が消えていくことを思うのではなく、アフリカの子供たちがドリームジャンボ宝くじ一等前後賞を引き当てたその後を思い描くことであり、アフリカは厳しいからといって、アフリカを直視する必要はない。けれどアフリカの子供たちがみな6億円をイメージで苦痛を和らげる術を身につけているわけではないのだ。

NASAは月まで行ったけれど、JAXAは彼らのアポロ計画の実現を信じていると、わたしたちは思えるか?

 

追記:田中浩康「いくら打てなくても、あとになって振り返ってみると、『ああ、何てことなかったんだな』って思えるものだよ」